こんばんわ。

気分がすっきりしました。

確かに、ラットちゃんには申し訳ないなあと思うんです。けれど、誰かが解明しなきゃ、困る人間がたくさんいることも事実です。
動物実験がいいとか、悪いとか、そこは自分が悩んでも仕方がないことなんです。わたしにできることは、犠牲になってくれたラットちゃんに対して、それが無駄にならない様に、しっかり成果を出すことなんです。

それはいいとして、もう一度、今回、このことで悩んだ意味を考えてみました。

わたしは、もしかすると、ラットがかわいそうとか言って、実験すること、研究することから逃げようとしていたのかもしれません。

確かに、まだまだやっていない実験をさらに進めて行かなくてはいけません、データも解析しなくてはなりません。
まだやっていないことばかりで、怖いんですよね。
何を恐れることがあるんでしょうか。。とにかくやってみなきゃ。。
実験が嫌いなわけではないんです、新しいことをやること、知らないことを見せつけられるのを恐れていたのかもしれませんね。

この感情に流されて、研究をやめたらどうなるか。。

確かに、人生とはとか、幸せはとか、生きていく上での発想の転換とか、自分を見つめる方法とか、これからの医療とか、医療に対する、社会の考え方とか、そんな話を一生懸命にし続けていたら、それなりの本がかけたり、講演も出来る様になるかもしれませんが、自分で後悔すると思うし、中途半端でやめてしまう様な人間の言うことをそんなに信じてもらえるはずもありません。

最終的に自分が考えている使命は、たくさんの人に幸せを感じてほしいということに尽きます。

急いでその道にすすまなくても、いま、目の前の出来事を一生懸命にやって、自分を磨いて行きたいと思ってます。

そのうち、そんな風が吹くはずです。

その風にちゃんとのれるように、自分の翼を大きくしとかなきゃ。。

ということで、かなりすっきりしました。

やっぱり昨日、記事にしてよかったな。

ご心配おかけしました。がんばりますよ。にこにこりん。