一陽来福

先日上京して、お世話になっている方にお会いしました。
その方に、子供へのお祝とともに、お札をいただきました。
八幡宮というところの一陽来復御守です。

金銀融通のお守りで霊験あらたかだそうです。
わざわざ私の為にとりにいって下さったということにも、心から感謝していますが、それと同じくらい、この「一陽来復」という言葉にすごくひかれました。

お札の復は字体のせいで、復なのか、福なのか分かりません。

すごく意味を考えてしまいますよね。

ひとすじの陽がさすごとく、幸福に向かって歩んでいける、気もしますし、ひとすじの陽の光に、いまは気付かなくても、慌てるな、焦るな、何度もチャンスはやってくる。そのときを逃したと悔やむよりも、次の陽の光を待ってもいい、といってる気もするし、ひとすじの光を見つけたら、もう幸せは来たようなもの、という気もするし、すごく幸せな気持ちになれる御札でした。

そして、次の日の朝一番の飛行機で帰る途中、もうすぐ宮崎につきそうな時でした。

宮崎の滑走路は海に向かっています。

海の上からおりることになりますが、ふと外を見たのです。

朝日が海面に陽をうつし、一直線に私のほうに向かって、きらきらと輝いてくれました。

この気持ちは、いままで生きて来たなかで、最高に近い感動だったのではないでしょうか。

このお札を頂いた方に会っていなければ、こんな感動を覚えることもなかったでしょう、このかたがお札をとりにいって下さらなかったらあり得なかったでしょう。そして、幸せについて、考えていなければ、まず、気がつかなかったでしょう。

本当に幸せです。ありがとうございます。

世の中のみんなにこんな気持ちを味わってほしいと、本当に願ってます。