退院が新しい出発です。

今日一人の患者さんが退院されました。

私がこの病院に赴任した時に、「難しいですよ」と申し送られた患者さんでした。

これからの話は、最終的に私とその患者さん、奥さんと信頼感系が出来上がり、腹を割ってはなせるようになったから、そして、こういう考えをみんなに持って欲しい、という共通した願いを持つようになったから、書くことにします。

守秘義務違反といえば違反ですが、本人が望んでいることなので、可とします。

申し送られたのはアルコールが元で肝臓と膵臓を壊してしまって、栄養状態が悪く、腹水がたまってしまった。そのコントロールはついて、食事も通るようになっているけど、腹痛がとまらない。ただ、その腹痛も、プラセボという、偽薬でも効果がある痛みである。

そして、すこし元気な時は勝手にお酒をのんで、外来で大声を出したこともある、というものでした。

普通に考えたら、札付きの厄介者です。

はじめは、なんとか、偽薬でごまかして、退院して頂こうと考えたこともありました。
でも、私が、本当の幸せはなんなのか、自分の幸せはなんなのか、考えはじめた時に、こんな考えではいけないということに気付きました。

その方の立ち場にたって、その方の幸せって何なんだろう、肝硬変でもしかすると、あと数年、あるいは数ヶ月かもしれない、その短い期間を、医者として、人間として何か手伝えることはないだろうか、と考えるようになりました。

そして、本人と奥さんに話すことにしました。

それは、まず、私の考え方、これからやろうとしていること、いま、自分が問題だと思っていること、自分が困っていること、これらを彼にぶつけてみました。

はじめはじっと聞いて下さっていましたが、これが、すこしづつ積み重なってくると、その方も少しづつ、御自身のこと、家族のこと、今までやって来たこと、悩んでいることを打ち明けて下さいました。

一番の悩みはやはり、将来の健康の不安とこれからどう生きていくかが分からないという不安でした。

当初は退院したら何をされますか?と聞いたら、魚釣りかな、とおっしゃっていましたが、いろいろ話をしているうちに、長いことユニセフの活動を積極的にしておられたことがわかりました、いまの日本の教育、子供の教育からみた世界観、ひととひととの付き合方、わたしなんかの及ばない考えをたくさん持っておられるし、そういうネットワークをすごく広く持っておられることが分かりました。

それに、むかし、ボクシングで東洋大平洋チャンピオンだったそうです。
そのときのリングの中での体験、本当の意味での真剣(まさにこぶしが凶器ですから)勝負の心得、そこでの心の葛藤、重荷を私に話してくださいました。

そして、退院になりました。
退院して何をなされますか?とは聞きませんでした。

退院されたら、一緒に世の中をよくするように頑張りませんか?一人でも幸せになれるように、一人でも本当の意味で、いい教育が受けれるように、世の中のため、自分の幸せのために頑張りましょう、医者と患者という立ち場をこえて、人間としておつき合い願えませんでしょうか、とお願いいたしました。

快く手を差し伸べてくださいました。


本当にこういう経験をさせていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです。

今回のことで一番自分で幸せだと思えることってなんだと思います?

その人の豊富なネットワークが生かせるということ?違いますね、もちろん、その方が前を向いて進みはじめて下さったのは嬉しいですが、そのネットワークが手に入る、と分かった時に、全くこころ踊らなかったんです。

つまり、人のもので勝負しようという気持ちが自然に消えているんですね。それが一番嬉しかったことでした。

もちろん、一人ではなにも出来ませんから、いろんな方の協力が必要ですし、現実的に、もっとその方がわたしの生き方を信頼して、そういう人たちに紹介してもいい、と思って下されば、ちゃんと会いますし、私にできることは協力させて頂こうと思ってます。
それまで、ちゃんと自分を高めておけるか、その光がさした時にちゃんと気付けるか、ということに日々思いを巡らして、一日一日精一杯生きていきたいと思ってます。

本当に貴重な経験ありがとうございました、これからが、新しいスタートです。頑張っていきましょう。