ホテルを代えて下さったのにはもう一つ理由がありました。
初めに予約したホテルは、飛行場の近くの笠利町というところで、中心地の名瀬市からは約一時間近くかかるところだったんです。

親戚のみなさんは、みんな名瀬市。。

みんなと御飯を食べるには、車で移動しないといけない、その時間や手間が大変だろうと心配して下さっていたんです。

そんな訳で、初めは、3日目にみんなで集まる予定にして下さっていたらしいのですが、街中にホテルが代わったことで、急きょ、初日にみんな集まってビアガーデンにいこうということになりました。

お義父さんの兄弟は8人兄弟、そのうちで奄美に住んでおられる方はお兄さん2人、妹さん2人。。

みんな集まって下さいました。それも家族みんなで。。

長男さん御夫婦、次男さん御夫婦、次男さんの息子さん御夫婦と4才になる女の子、妹さん御夫婦、妹さんと小学2年生の娘さん。。。

80歳を越えてなお元気なおばあちゃんは、たまたま、先日結婚式をあげた神戸のお孫さんところにいらっしゃるということで、今回は会えませんでしたが、本当にファミリーという感じの雰囲気です。

自己紹介をさせて頂いて、郷土料理を食べながら、黒糖焼酎を酌み交わす。お酒が入って、いろいろ話をさせて頂きました。

昔は、名前を忘れましたが、初対面のときは、相手をみて、その人のことを誉めて、お酒を飲む、そして、その盃をその相手に渡して飲んでもらう。その挨拶が悪ければ、もう一杯、よければ、誉めてもらってもう一杯。。それを、人数分だけくり返していたそうです。

そんな儀式は、いまはあまりしないようで、(というか、そんなことをしたら、死んじゃいます。。)普通に、自分のペースで飲ませて頂きました。

島料理もおいしかった。鶏飯もあり、豚足もあり、(塩茹ではちょっとビジュアル的にきつかったな。。)ゴーヤサラダあり、とても美味しく頂けました。

そして、やっぱり温かい。そして、長男を中心にした、家長制度がいい感じで残っているんですね。

奥さんにとってのおじいさんは他界されているので、長男が一番偉い、長男をたてる。。もちろん、自分の意見はしっかりありますが、そういう暗黙の了解はしっかり守る、という空気が漂っていました。

今回の旅の目的のひとつは、日本古来の人間関係が奄美でどうなっているのか、宮崎でも壊れてきた、そういう人間関係がどのように残っているのか、もしかしたら、そこに戻っていくんじゃないか、という思いもあって、それを確かめたかったのもありました。

ほかに、西郷隆盛奄美島流しにされた時期があります。
このことについて奄美の人たちがどう捉えているのか、奄美の視点から日本の将来を見てみたい、あるいは、奄美の文化を通して、日本の文化を見てみたいとちょっと思っていました。

そんな話もさせてもらいました。

正直驚いたのですが、長男の方に限らず、みんな、奄美の歴史、文化、言い伝えをよく御存知なんですよね。そして、見ている方向がおもしろいんですね。

鹿児島や日本の行く末や将来を見ているようでもあり、沖縄の方をむいている感じでもあり、大和も沖縄も関係なく、島は島だ。。という感じでもあり。。

かといって、思いつめているわけでもないんです。

まあ、なんとかなるわな、人間があくせくしたって、しょうがない。。って感じです。

4日間島で空気をすっていて、その自然、気候がそうさせているのかもしれないなあと思いました。

なにはともあれ、約4時間、食べたり、飲んだりして、気分は盛り上がって、一本締で終わりかと思いきや、『みんなで部屋にいこう。。』と焼酎を片手に、みんなで再結集。。

誰ひとり、『先に失礼。。』という人はいないんですね。。

すごい団結力です。

都会では、相手が嫌がるかもとか、妙に気を使うこともあるんですが、気を使わせない雰囲気がありますね。とても気持ちがいい団結力でした。

とはいえ、災難だったのは、まめともも、4歳の女の子と2年生の女の子にたくさん可愛がってもらってました。

そんなこんなで一日目は幕を閉じたのでした。