外来にて。。
こんにちわ。
先日、テレビを見ていたら、いま、都会では小学校にあがる前から起業家になるべく教育しはじめているんですね。
いかにお金持ちになるか。。いかに人生を成功させるか。。
実際どのような教育が行われているのか知らないし、それがいいのか、悪いのか、受け取る人の価値観でかわるものだし、折角夢を抱いてがんばってる親子に水をさすような批判的な話はしないこととして、ちょうど、そんな時期に、外来でこんな話をしました。
その子はインフルエンザの予防接種の為に来ていた小学6年生の男の子でした。
医者になってずっと、一通り診察が終わった時か、診察を始める前に、ちょっと緊張してるな。。って思うと、「将来、何になりたい?」って聞くようにしています。
何になりたいって聞くと、今、世の中に存在する職業の中から選びなさい。。って言っているようで、多少気が引けてしまうこともあって、「将来、どんなことをしたい?」とも聞くんですが、やはり難しいようで、第一段階として、「何になりたい?」って聞くようにしています。
そして、ちゃんと十数年後にカルテを見た時に、夢が叶ったんだね。って言ってあげれるように、あるいは、数年後に、目標を見失ったとき、「あのときはこんな夢を持ってたんだ。。」ってなにかを思い出してくれるといいな。。って願いをこめて、しっかりカルテに書き込んでいます。
いつものように、彼にそう尋ねると、「お金持ちになりたい」
それを後ろで見ていたお母さんは恥ずかしそうにしておられます。いまにも、「何をはしたないこと言ってるの。。」ってげんこつしそうな勢いです。
お母さんがその言葉を出す前に、「ほお、立派だねえ」
ともすると、お金は汚いものと捕らえられやすいものです。なぜなら、両親が、思うようにお金を手に入れることができないため、子供がそれに興味を示してしまうと、親としての立場がなくなるからです。
いいものなら、たくさん手に入れるべきなのに、なかなか手に入らない。そうすると、お金の話題をすることも親としてはいたたまれない。。
だから、お金を汚いものとして、できるだけ話題にのぼらせないようにする。。というのが、一般的な家庭ですよね。
それが、最近は、都会のケースではないけれど、そこへのタブーがなくなりつつありますね。
モノ中心主義の考え方も、以前は、モノといっても、贅沢をさほど知らなかったために、そこそこのモノで満足していたものが、モノに対する欲求がどんどん大きくなって、モノを手に入れるための「お金」に物事の中心が移ってきているのかもしれませんね。
話がずれました。
お金は汚いものだ。。といって敬遠させるのは、本当に反対です。
ただ、悪いことをして手に入れたお金はいけません。お金って、他人が喜んでくれた対価だと思うんです。たくさんの人を喜ばせたら喜ばせた分だけ、その対価、御褒美としてお金を頂く。
そして、そのお金を我欲の為だけに使うのではなく、きれいな使い方をしてあげる。それでこそ、お金が活きるのだと思うんです。
残念ながら、いまの親はお金について、そういう教え方をしていません。たくさんの人を喜ばすことでたくさんの対価を頂く。。という考えでお金に接していないから、どうやってお金をたくさん手にいれるか教えることができません。
まして、いまは、楽してお金を稼ごうとする時代です。なかなかそのなかで、しっかり立つというのは難しいですよね。
そんな考えをもっているので、彼に、
「お金持ちになるって、夢があっていいねえ。お金持ちになるって、それだけたくさんのひとに喜びを与えたってことだと思うんよ。他人に喜んでもらえたら、その分だけお金をもらえる。それがお金だもんね。
だからね、けっして悪いことしてお金持ちになったらいけないよ。そうやってたくさんのお金を手に入れてもなかなか幸せになれないよ。
そしてね、お金持ちになったらたくさん、お父さん、お母さんに親孝行してあげてね。自分だけおいしい思いしちゃだめよ」
そう伝えました。
これで少しは彼のこころに灯火がともってくれたかな。。ちょっとはイメージ出来たかな。。
でも、一回や二回、それも、今から注射。。っていうときに聞かされてもわかんないですよね。やっぱり私塾でも開いて、こころの教育をしようかな。。っていつも考えています。