「はい、北野です。」

平日の12時、出先での用事を済ませ、自宅で昼食をすまそうと帰宅していた大作は、なにげなく受話器をとった。
・・こんな時間にかけてくるなんて、一体誰だろう。・・

「あ、いつも北野先生にはお世話になっております。わたくし、東都病院の院長の大木と申します。実は、先日、北野先生にうちの病院に当直に来ていただいたんですが、そのときの薬の副作用で、患者さんの容態が急変いたしまして。。」

東都病院といえば、昔、まめひげが勤務していたこともあるし、そういえば以前は大学からの派遣で当直にも行っていたな。。それにしても、院長直々に電話してくるなんて、尋常じゃないな。。それに、患者の急変?副作用?

聞きなれない言葉にすっかり舞い上がってしまっている。

「え?どういうことですか。。」

事態を飲み込めないまま、相手の話を聞こうとする。

「実はですね、北野先生が先日診ていただいた6歳の患者さんがいるんですが、その子に出した薬が間違ってたらしくて、副作用でかなり重症になっているんです。」

「うちのまめひげがやらかしたんですか?」

「はい、残念ながら、ですね。」

「でも、お父さん、ご安心ください。病院として対応していますから、まめひげ君の医師生命が絶たれるとか、そういう風にはならないように、全力を挙げてカバーしますから。。」

「すいません。よろしくお願いいたします。」

「いえいえ、今回はこんなことになってしまいましたが、わたしもまめひげ君の能力は評価しているんですよ。だから、こういってはなんですが、一回の失敗でかれの医師生命を終わらせたくないんです。」

「。。ありがとうございます。」

「いま、まめひげ君は患者さんのそばについて、一生懸命やってくれています。きっとなんとかなるとは思いますが、ただ、今回のことは、やはりいわゆる、医療事故になるんです。

あ、ちょっと待ってください、、、患者さんのお父さんが話したいといわれています。よろしいですか?」

「え、、あ、ああ。はい」

「北野先生のお父様ですか?息子がこんなことになってしまって。。」電話口で嗚咽が聞こえてくる。
「北野先生には、外来でよくしてもらって、すごくいい先生だと話してたんです。だから、こうやって息子が悪くなったのも先生のせいだとは思いたくないんですけど。。そのことはどうでもいいんです。とにかく、息子を助けてください、ただ、それだけです。」

「もしもし、本当に申し訳ありません。」

「あ、お父さんですか。。大木です。病院として、通常の業務で起こったことなら、裁判してもかまわないのですが、ただ、今回は明らかにまめひげ君の投薬ミスのようなんです。ですので、裁判をしたところでなんのメリットもありません。うちの病院に顧問弁護士がいるのですが、弁護士と相談したところ、示談にしようという話になっているのです。そのほうが、まめひげ君にとってもいいのではないだろうか。。ということなんです。」

「そうですか。それならばぜひお願いします。」

「ご家族のかたとお話して、示談金を当初、3000万円と言われたのですが、一応、過去の示談金の例をお話して、2500万円ということで折り合いがつきました。」

「2500万円ですか。。」

「いえいえ、ご心配なさらないでください。」

「え?」

「病院として保険をかけてありますから、そこから出すことになります。

ただですね、これは大きい声ではいえないのですが、容態がどうなるかわかりません。このまま、助かってくれるといいのですが、さらに容態が急変してしまうと、この金額では示談に応じられない。。と家族が言ってくるかもしれません。」

「そうですね、どうすればいいんですか?」

「そこなんです。弁護士とも話をしたんですが、はやく現金を渡して、一筆書いてもらうようにしようと考えているんです。

ところが、いま、手元に2300万円しか置いてなく、あと200万円足りないのです。

先ほど申し上げたように、あとで病院の保険からおりますので、お父さんのほうで200万円用意していただけないかと思った次第なんです。」

「200万円でよければ、用意しますよ。」

「そうですか、助かります。病院も助かりますし、なによりまめひげ君が助かります。」

書き留めた口座番号を折りたたみながら、

「まめひげに事情を聞きたいんで、電話してもいいですか?」

「あ、それは困ります。いま、まめひげ君はICUに入っています。そして、その子は今度のことでペースメーカーを入れることになったんです。
そのそばについているので、携帯電話が鳴ると、ペースメーカーが誤作動して、容態が急変するかもしれません。」

「そうですね。。それなら、いまから直接伺って、ご家族のかたに謝らせていただけないでしょうか?」

「いや、今回の件は、内密にやっています。私と、ご家族と、まめひげ君しか知りません。病院に来ていただくと、ほかのものの耳に入り、どこから外部に漏れるやも知れません。そうなると、まめひげ君が医者を続けられなくなるかもしれません。」

「そうですか?わかりました。とにかく、お金を準備して、振り込みます。」