今日は県北で当直中。

この病院にくるのに特急電車で、約1時間10分。。

自宅を出てから、駅まで送ってもらい、そして、切符をかい、プラットホームに降り立ち、シートに座り、線路の上を走るときの心地よい振動に身を任せながら、その一瞬一瞬に感じたことを、1時間10分のストーリーとして、書き残してみようか。。と思っていたけれど、シートにすわり、ノートがないことに気がつき、早々に挫折してしまいました。

持参していたPCを開き、それに打ち込もうかとも思ったのですが、なにせ、約5年使用しているノートパソコンで、バッテリーの根性があまりありません。調子よくキーボードを叩いていたと思ったら、突然真っ黒。。なんてことになったら、しばらく書く気も失せてしまいそうで、PCを開く事もありませんでした。

ならば、、と用意していた本を広げたら、ものの20ページも読んだ所で、強烈な睡魔に襲われてしまいました。

電車のなかで睡魔に出会うと、とたんに嫌な思い出が頭の中をよぎっていきます。



この県北の病院で常勤として働いていた時。。

今日のように特急電車で最寄駅に向かっていました。

そして、今日のように強烈な睡魔に出会い、誘われるままにその楽園へとついていってしまいました。

気がついたときには、そう、それは見たこともない景色。。

緑がいっぱい。。トトロが住んでいそうな森。。綺麗な川。。それは、わたしが見たこともない原生林。。

「ああ、楽園ってこんなところだったんだ。。」

なんて、まさに夢心地。。。って、そんなはずはなく、見たこともない景色。。

そう、それは、本当は見てはいけない景色だったのです。ずばり。。乗り過ごした!



「おお、、いつのまにか眠っちゃったな。。いまはどのあたりかな。。えーっと、今日は午前中が外来で、午後の手術は台帳だったな。。よーし、今日もがんばんなきゃ。。」

なんて、走っている場所を確認しようと、通り過ぎていく景色を視野に入れる。

遠くまで続く田んぼ。。赤い橋のかかった川。。

「ん?こんな景色あったっけ?。。ん?」

一生懸命に考えてみる。

「わからない。。見覚えがない。。夢か?」

そうこうしているうちに、電車は森の中に入り込んだ。。

さっきまでは田んぼが続いて、どこまでも視界が広がっていたのに、森の中に入って、景色どころか、光さえ入ってこない。。

「もしかして。。」

もしかして。。認めたくはないけど、もしかして乗り過ごした?

景色が変わるたびに,確信に変わっていく。

居てもたっても居られなくなり、思わず鞄をつかんで立ち上がった。

場違いな行動にまわりの乗客の視線が一気に集まるのを感じた。

「乗り過ごした事を気付かれたくない。。」

別に格好つける必要もないのに、なぜか恥ずかしがった。。

「トイレに行くふりをしよう。。」

いかにも、トイレのために立ち上がった。。みたいな素振りで鞄を持って席を離れる。

一旦トイレに入り,居てもたっても居られず、すぐに出る。

「落ち着け、落ち着け。。」

自分に言い聞かせてみる。

「まずは車掌さんを探さなきゃ。。といっても、さっきの席のほうにもどって、まわりのみんなの前で聞くのは恥ずかしいしな。。」

見ず知らずのひとに格好をつけようとしている自分がおかしくもあったが、とにかく、さっきまでの座席と反対のほうに向かった。しかし、その先は喫煙車である。。

「たばこはいやだ。。」

そう思って、結局トイレの前のデッキでたちながら窓の外を見るしかなかった。

「おれって、何やってんだろ。。とにかく,病院に電話しなきゃ。。」

そう思って、携帯電話を開けてみる。

。。圏外。。

よく考えれば、こんな森の中、電波が届くはずもない。。

すると、喫煙車のほうから、車掌さんがでてきた。。

「おはようございます。実は延岡で降りる予定だったんですが、乗り過ごしてしまいました。どうしたらいいでしょうか?」

乗り過ごしてしまった事は、車掌さんに聞くまでもなく、ほぼ確信していた。

延岡をすぎた場合、次の停車駅までは1時間以上かかることも、知っていた。

乗り過ごしてしまった以上、一時間かけて、次の駅でおり、折り返し、下り列車で延岡に帰らなくてはならないことも、実は知っていた。

けれど、「どうしたらいいでしょうか?」の言葉には、なんとかならないでしょうか?とお願いの気持ちを込めたつもりだった。

各駅停車の列車がとまる小さい駅に降ろしてくれるんじゃないか。。そしたら、ちょっと割高になるけど、タクシーで戻れば、時間内に戻れるかも。。もしくは、駅じゃなくても、電車内のアナウンスで、「緊急の事情が生じましたので、緊急に停車します」なんて言ってもらって、途中で降ろしてくれたりしないだろうか。。

そんな淡い期待をもっていた。

「そうですか。。じゃあ、次の佐伯で降りて、えーと、佐伯について、1時間くらい後にくだりの電車が入りますから、その、くだりの電車で帰ってきてください。普通乗車券も、特急券も代金が足りませんが、今回は特別に払わなくてもいいように、ここに裏書して置きますから、佐伯の駅員さんにそう伝えて下さい。

今後は気をつけて下さいよ。」

見事に期待は裏切られた。

そんなやり取りをしている間に、電車が減速し、そして止まった。

「くだりの各駅停車との待ち合わせで止まります。」

思わず車掌さんに尋ねた。

「いま、降ろしてもらうわけにはいけないんですか?」

「それは駄目なんです」

「え、だって、そこに居るじゃないですか。。」

「いや、特急電車を止めたり、緊急でドアをあけるのは、法律で管轄の許可が必要なんです」

どうしても首を縦に振ってくれなかった。ドアが駄目なら、窓をあけて飛び出そうかとも一瞬考えたが、列車が動き出した。徐々にスピードがあがるにつれ、そんな勇気も消えうせてしまった。

そうやって景色の流れが早くなるのを呆然と見ていたら、いつのまにか車掌さんも居なくなっていた。

法を破ってまでも、電車から飛び出そう。。と一瞬でも考えた事が、「おれはココまで努力したんだ。。」っていう、変な自己満足に変わり,もういいや。。って思えてきた。

もう一度携帯をみると、かろうじてアンテナが2本立っている。

急いで病院の名前を登録一覧から選んでコールした。

「おはようございます。実は、乗り過ごしてしまって、いま、佐伯に向かっています。帰ってくるのは、10時半くらいになると思います。みなさんによろしくお伝え下さい。」

なんとか、再び電波が途切れる前に用件だけは伝えられた。

「こうなったら、開き直りだな。。」

そう思って、あと30分寝ようと思った。不思議なもので、あんなに眠かったのに、全然眠くない。目を閉じても、いまごろ外来は大慌てだろうな。。とか、帰った時にどう謝ろうか。。なんてそんなことばかり頭に浮かんでくる。

結局、まんじりともせずに、佐伯に到着。ホームで待とうかとも思ったけれど、たしかにくだりの電車が来るまで1時間ある。

もうやけくそだ。。

と思い、駅員さんに、車内で裏書された切符を見せながら,事情を説明する。

きっと、たまにこんな乗客がいるんだろう、、笑いながら、

「後一時間あるから、まわりをぶらぶらしてきたら?」

といわれた。

そういわれても、やはり心が痛い。。

駅に置いてある佐伯を紹介したパンフレットを何種類か手にとり、空想上で佐伯観光を楽しむ事にした。

そしてくだりの電車。。

さすがに眠る事はなかった。

そこに乗っている乗客の誰一人として、自分の状況を知っているはずはないのに、なぜか1人だけ悪い事をしているような感覚に襲われた。

延岡駅につき、切符を改札で渡した時、ん?という顔と同時に,口元がゆるんだのを見逃さなかった。

そして、病院についたとき、心なしか、いつもより待っている患者さんが多いような気がして、すごく申し訳なかった。。



そんな記憶。。

もう何年も前のことなんだけれど、延岡に向かう電車にのって、睡魔に出会うと、いつもこのことを思い出します。

そして、そんな睡魔と闘いながら、携帯のアラームをセットするのでした。