No.3
「。。さん、。。ぎさん。。高木さん。。痛みはどうですか?」
「あ、ああ、いつの間にか眠っちゃったんですね。さっきの痛み止めのおかげで全くないというわけではないけど、それほどではないようです。
ゆうべは痛くて眠れなかったから、つい眠っちゃいました。すいません。」
「謝ることないんですよ。そうですか、よっぽど痛かったんですね。」
20代中ごろだろうか、20分くらい前に痛み止めをしてくれた看護師さんが、テキパキと血圧をはかる準備をしながら、にっこりと笑ってくれた。
確かに謝る必要もないのだけれど、白衣を着ているというだけで、なんとなく謝らなくちゃいけない気がするから、不思議なものだ。
「さっき自己紹介したんですけど、覚えてないでしょ。。」
さっきは、痛みでそれどころではなかったけど、よく見ると、ぱっちりした目で、ポニーテール。看護師さんのキャップをつけてるからよく見えないけど、ちょっく栗色に染めた髪が後ろから飛び出してる。好みのタイプだ。。
自分でも分かるくらい顔が赤くなっている。
「すいません。あまりに痛かったもので。。」
あ、また謝っちゃった。でも、それどころじゃない。。
顔が赤くなったのを気付かれてやしないか、そればっかり気になった。
「あれ、また、謝ってる。。おかしいの。気にしないで。。痛そうだったものね。私は甲斐。入院中の担当をさせてもらいます。
さてさて、手術室に入るのは、13時50分になりました。
ですから、この病室を45分くらいに出ることになると思います。
手術前に、すこし気持ちを落ち着かせるのに、肩に注射をさせてもらいますね。」
返事を待つ間でもなく、Tシャツのそでをまくりあげられる。
『そんなに早口で言われても。。それに、え?チューシャ?いやだよー』
百年の恋はなんとやら、、さっきまで赤らんでいた顔が、一気に蒼くなった。
と思ったが、看護師さんの有無を言わせぬ勢いに、ただ、
「お願いします。。」
身を硬くして首をすくめた。
「高木さん、そんなに硬くならなくていいですよ。ほら、もう、終わりましたよ」
「え?あ、、あ、そうですか?」
「わたし、注射上手なんですから。。」
「注射に上手とか、下手とかってあるんですか?」
「そうね、針をたてる場所とか、たてる角度とか、私の場合は、針を刺す前に、刺そうというところをしばらく抑えて、ちょっと麻痺させてから打つの。。
そうすると、あんまり痛くないのよ。」
「ふーん、そうなんですか。。確かにあんまり痛くなかったな。」
そう言いながら、、なんだか自分の仕事に自信をもって話をしている彼女をまぶしく感じていた。
なんだか、この人なら、なんでも任せてもいいんじゃないか。。って思えてきた。そう思うと、昨晩からずっと考えていたことが口をついてでてきた。
「かんごふさん。。腰からの麻酔って痛いんですかね?
全身麻酔にはならないんですかね?
手術って簡単なんですかね?
失敗ってないんでしょうかね?
手術おわったあとって、痛いんですかね?
やっぱり手術しなくちゃいけないんでしょうかね。。。はあ。。」
「おっと、、いろいろでてきましたねぇ。。」
いかにも、自分の不安を知っていたかのように、、そして、大きく包み込んでくれるように、にっこりと微笑んでくれた。
「聞いてみてよかった。。」
そう思った瞬間、なんだか胸があつくなった。
それから、彼女がひとつひとつ答えてくれたが、何一つ覚えてやしない。ただ覚えているのは、一生懸命に説明してくれようとしているそのまなざし。そして、ポニーテールが揺れるたびに、自分のところにとどく、彼女のにおい。。
手術なんかもうしなくていい。。このまま時が止まればいいのに。。
けど、現実はそう甘くはない。。
「じゃ、そろそろ行きましょうか。。」
「。。はい。」
無情にも、その時間はやってきた。
13時48分。。となりの患者さんのテレビの横においてある時計が指し示していた。
あれ?13時45分じゃなかった?
なんだか、その3分間が、彼女がぼくに特別に用意してくれた時間のような気がして、いまから手術室に向かうというダークなこころに、なんだか光が差し込んだ気がした。