最後の桜。。という記事を書きましたが、その患者さんは、すごく元気になられて、もしかすると来年も桜が見れるかもしれません。

それを実現するためには、いろいろ工夫が必要でしょうが、その希望がでてきた。。ということだけでも、ご本人、ご家族にとっては救いになっているようです。

主治医交代の狭間でだれが治療方針のイニシアチブをとるかで、多少もめたけれど、信念を持ってお勧めしてよかったなと思っています。


こうやって書くと、「ぼくってすごいでしょ」っていう感じですが、実はそうでもないんです。

以前にそういう患者さんがおられて、腎臓にチューブを入れるということが、(実際自分でやらないというのもあいまって)たいそうなことのように思えて、すこし、タイミングが遅くなったことがあるんです。結局、腎ろうを入れてもらって、劇的に楽になられて、目標だった娘さんの結婚式の晴れ姿をちゃんと見届けることができたんですが、もっと早くしてあげれたら、苦しむ時間がもっと短かったのに。。という後悔がいまでもこころのなかにあるんです。

こうやって、いまの自分の血となり、肉となって、ほかの患者さんのためになっているから、草葉の陰ですこしは微笑んでくださってるかな。。そう願いたいです。